
劉禅 公嗣 「三国志 60巻」より
まだ赤ん坊の頃より父の都合で戦場に放り出された挙句 産みの母親までも自害して果てると言う 壮絶な乳児期を送っている。
そして極めつけは 我が身を挺してまで助けに駆けつけてくれた趙雲が味方陣営に戻るや、即彼は実の父親にポイッとラグビーのボールの様に投げられ 後の裏切り者・麋芳にパスされてしまう。

っていうか アンタが届かぬところに行けっ!
「三国志23巻」より
劉備の機嫌はそれだけでは収まらなかったのか 趙雲に褒め言葉のついでに一言余計な事まで言われてしまっている。

(偽)仁徳者の暴走発言 子供は消耗品ではありません
「三国志23巻」より
劉禅本人には戦とはなんら関わりが無いのに 大人の勝手で戦場に連れ出され 放り投げられるは、口を開けば 自分の代わりなんぞはいくらでもいるかの様なショッキングな発言を幼き劉禅は耳にしてしまうのだ。
もう既に母親もいない、残った父親からは 自分の存在を傷つけられだれを頼ればいいのだろう・・・
もし仮に これで趙雲を失っていたとしても劉禅にはなんら責任は無い。
責任者を挙げるならば この暴言を吐いている 父・劉備以外いないのである。
そもそも 曹操に追い付かれるのは明らかにも関わらず 人民を連れダラダラと逃げるからこのような戦闘に巻き込まれたのだ。
こんな「平和」「仁徳」をキャッチフレーズに掲げながら その実は血の雨を大量に降らせている一人であるということを見切った幼き劉禅は 『本当の真の平和』を心から願ったに違いない。
こんな想像を絶する乳児期を経て やがて父・劉備は白帝城で没し 劉禅が蜀の皇帝に就き「戦の無い、平和な天下」を実現するために踏み出すのである。
即位して間もなくである、父の意思を継ぐ丞相・諸葛亮が他国を侵略して戦いを無くそうとしているのだが 幼少期のトラウマからか戦での解決方法に嫌悪感を抱く劉禅は まずは身近な所から平和を広めようとするのである。
片や人々を斬り血の雨を降らせ勝ち取る平和、片やまず自ら泰平天国の良さを率先して伝える。
どちらが真の平和を願っているのか一目瞭然である、あえて言うが後者であるのは明白だ。

心より平和を楽しみ、皆に良さをわかって貰うために体に無理をしてでも酒を飲む蜀皇帝
「三国志60巻」より
さらにこの劉禅、父の劉備が最初の頃は民を思いやる気持ちの欠片を見せていたが 徐々に国力を持つと自分に利益になる武将ばかりに優しさを見せ いささか偽り気味の仁徳をそれらしく見せていたの対して 自分の身を案じてくれた女中等にこれ以上ない満面の笑みで接し、差別する事無く平等に振舞うのである。
こんな仁徳者が今までいたであろうか?

この笑顔だけで 魅力100、女中の忠誠度も100はイタダキである
「三国志56巻」より
だが、後に丞相である諸葛亮も没し その志を継いだ姜維が諸葛亮に負けず劣らず無謀な戦を幾度と無く仕掛けるのだが蜀の国力は急降下する一方で、とうとう首都・成都まで迫っていた魏にどうするかとの対策を練っている時であった、
幼少の頃の戦へのトラウマが再発したのか、戦をせず平和に事を収めるよう天子のお言葉を下すのである。

幼き頃聞いた 父のあのセリフが今もまだ忘れられず 父の幻に怯える蜀皇帝
「三国志60巻」より
もしこれが劉備やその志を継いでいる、関羽、張飛、諸葛亮、姜維達ならば 最後の一兵まで城を枕に討死してでも抵抗したであろう。
だが劉禅は 勝ち目の無い戦を無謀に行わず、一戦も交える事無く恥を忍んで魏に全面降伏を申し出るのである。
さすがは名君の名にふさわしい決断であろう、今ここで戦い兵をむざむざ死なせて何が残るであろう?
国と引き換えにしてまでも 兵士一人一人の命をを自分の恥1つで守りきったのだ。
まさに「英雄的決断」と呼ぶにふさわしい判断である。
とてもあの優柔不断の劉備の息子とは思えない 英断を瞬時に、しかも何のためらいも無く下したのは劉禅の天性の才能としか言い表せない。
この時、劉禅の息子・劉ェが「最後まで戦うんだ!」とプライドだけで人民を戦火に巻き込むような事を言い出したのを聞き、「城が次々と落とされているのに勝ち目があるかっ!」と一喝するという戦略眼も兼ね揃えていたのである。
そして劉備が劉璋より奪い取った蜀は劉禅の英断により滅びる結果となってしまった。
魏で宴会を開いている時、劉禅に司馬昭に「蜀が恋しいと思いませぬか?」と聞かれるのだが 警戒心の強い司馬昭を相手に「恋しいです」等と言おうものなら即抹殺されかねないと悟った劉禅は 瞬時にこう答えたのである。

権謀術数に長けた一面で窮地を脱したセリフ
「三国志60巻」より
こうして司馬昭の感情をも意図も無く操作してしまう気転で一命を取りとめ天下泰平を心より祝うのである。
だがしかし、後世の歴史家からは 凡愚の象徴として記されてしまうのだけが心残りである。

心の中では涙しながら 表面では泰平を祝う 安楽侯
「三国志60巻」より