伏龍 諸葛亮


諸葛亮 孔明 「三国志 28巻」より

今まで 「趙雲」「周瑜」「孫策」と人気の非常に高い武将を標的にしてきたが 不幸中の幸いか
「横光三国志」では 美形武将として描かれていなかったが 今回の諸葛亮は この「横光三国志」から虜になった人も多くいるようで・・・
しかも お世話になっているサイトの多くは彼のファンという方々が非常に多いという現状も合わさり
当サイトの危急存亡の秋(とき)となりそうな 大きな賭けに出ることになると思います。
それでは今年最後の語り・・・参りましょうか。

諸葛亮、字は孔明 説明するまでも無く 三國志では智謀に富み 繰り出す策は人智をも超える無類の軍師である。
しかし、その実は君主・玄徳に勝るとも劣らない程の腹黒さを内に秘める男なのだ。

徐庶は玄徳の元を離れる際に 孔明に軽く『劉備が来たら よきご返事を』と宣伝に行っただけなのであるが いきなり孔明は切れ気味状態だ。

イヤなら来た時に断ればいいだけの話なのに この男は「社交辞令」という言葉を知らないのか・・
「三国志21巻」より

こんなこと言われれば 彼に些細な事でも何一つ頼む事すらできないではないか。
「ちょっと そこの醤油取ってよ」と頼んでも
「あなたは自分の味付けの為だけに その醤油を私に押し付けるつもりですか」
と言われかねない、 これでは徐庶でなくても「いや、そういうつもりでは」と言うのが精一杯だ
そりゃこれでは山の中でこっそり暮らすしかないわな・・

その後 玄徳に3度も訪問勧誘されるストーカー被害にあい 半ば脅迫に近い形で仕官させられてしまう。
そして玄徳軍が荊州を奪う戦いで関羽が長沙を占拠した時に 反乱を起こし太守・韓玄を斬り殺し 処刑されそうになった老将・黄忠を助けた この戦いの一番手柄 魏延に対しての第一声がこれである。

なんだか 微妙なあんぐり顔での処刑推進発言
「三国志28巻」より

先の戦いの 武陵を落とした時には 鞏志が太守の金旋に反旗を翻し討ち取り 魏延と同じように開城し降伏したが
こちらは そのまま武陵の太守への2階級特進である、なのに魏延は黄忠を助けるという勲功があるにも関わらず あやうく処刑されるところであった。
一体、この差はなんなのか??
横光三国志では触れられていないが 理由は『魏延の後頭部が出っ張っているから裏切る』かららしい。
こやつ・・・こんな身体的弱点を突く暴挙に出るとは何事か。
そんな事言ってしまえば 君主の玄徳は耳たぶが肩まで付くわ その子分は桁外れに髯は長いわでエライ事である。
それなのに 後頭部が出ているだけで魏延は死刑である・・・差別発言を許さない玄徳の取り成しで 一命を取りとめた魏延だが これでは孔明に対して感じ悪くもなるのは当然といえよう。

そして戦場に出れば 自分だけのカスタムカー「四輪車」に乗り颯爽と現れ逃げる。
かなりの職権乱用だ、どこの軍師も君主も 手押し車に乗ってくる人物はおらず
挙句の果てには 「逃げよ」と号令を掛け 部下共にガラガラと押して逃げるのである。

さすが孔明直属の手押し隊 手押し係りは空中を跳ねながら押している。
またヘッドライト変わりに サイドには提灯係りも配置されている。

「三国志47巻」より

自分が逃げるだけなのに なぜ一般兵をここまで酷使せねばならないのか
そんなに自分で逃げるのがイヤなら 逃げないで勝てる策を披露すればよいだけの話なのだ
しかも 敵に追いつかれそうになると とうとう四輪車と手押し隊を置いてけぼりにして 自分だけ馬に乗って 安全ゾーンまで逃亡している姿まである。

『早くお逃げくだされ』とか言ってる兵士よ・・・お前だけかなり取り乱しているぞ
「三国志35巻」より

この男・・・馬に乗れるのなら なぜ最初から馬に乗らぬ・・・
きっと手押し隊は 追いつかれそうになった時の 撒餌みたいなものなのだ
手押し隊が 敵に粉砕されている間に時間をかせがせ自分は馬に乗って逃げ切る。
孔明が長く生きてこられたのも 手押し隊の犠牲あってこそと言っても過言ではなかろう。

さらに追い討ちをかけるように酷いブラックな一面がこれである。

横光三国志で一番のブラック孔明のシーン
目の下辺りの影が悪さを一段と強調している。

「三国志58巻」より

魏延が降伏した時 あれだけ本人の前で「こいつは処刑だ」と強く罵ったのである。
そんなこと目の前で言われれば 多少なりとも時間が経っても愚痴もでるだろう。
だが魏延は文句は言うが 反乱を起こす気配もなく 蜀のためにその武を振るって貢献しているのだ。
だが、この頃世間では「なんでもお見通しの天才軍師・諸葛亮」として名が通っている彼である。
昔の話とはいえ 「魏延は反骨」と烙印を押したにも関わらず 大人しくされていては 孔明の名にキズが付く事を恐れたのであろう。
何が何でも魏延に汚名を着せて殺すしかないのである、それが天才軍師の辛い運命なのか・・・

多少の陰口にでも理由をつけて誅殺する計画を練る孔明。
もう悪党街道まっしぐらで悪に手を染める事になんの躊躇いもなく 司馬懿を討ち取るついでに魏延を地雷の餌食にするつもりであったが 天運に見放され大雨が降り失敗に終わる。
当然ながら魏延は怒り狂って孔明に迫るが 今度は馬岱にその全てを押し付け 彼に責任転嫁してしまうのだ。
諸葛亮からすれば『馬岱はバカだから 余が難しい言葉を使えば受け入れるしかない』とでも思ったに違いない
こ、この男というヤツは・・・そんなに自分の名が汚れるのがイヤなのか・・・
自分の私心の為に 敵を討つ名目で蜀の兵力を私用で使い味方をも消そうとする、ヤバくなれば責任転嫁
光栄のゲームでは よく諸葛亮の魅力は90後半を叩き出しているが これでは魅力38ぐらいが相当である。
逆に こんなイジメにあっても我慢している魏延の魅力は84ぐらいはあるといえよう。

晩年 諸葛亮は五丈原で病没するのだが その実は 呉の大都督・周瑜の呪いとしか思えない描写で描かれている。
ここの周瑜欄でも御存知の通り 周瑜といえば吐血大都督としても一躍有名だ。
しかも死亡の引き金となったのは 孔明の1通の書簡である。
これを読んだ周瑜は 横光三国志史上 類を見ない程の大量の血を吐き息絶える。
その周瑜の怨念なのか 孔明も吐血の回数は周瑜に次ぐ程のものとなっている。

だが 血を流す事に関しては さすがの孔明も周瑜には遠く及ばない様で そのダイナミックさは足元にも及んでいない。
ということで 周瑜と比較してみることにした。

孔明
周瑜

声も小さいし これでは周瑜に勝てないな
「三国志55巻」より

このように 大きな声で 目を開き 元気良く吐血しよう!
「三国志30巻」より

布なんか使っていては 周瑜に笑われるぜ
量も少ないぞ!

「三国志59巻」より

ふさぐなら道具に頼らず 己の手で しかも溢れんばかりに!
「三国志27巻」より

不発の時も 気取らずにっ 出すなら出す
出さないなら出さない はっきりしよう。

「三国志59巻」より

不発の手本:不発でも目は真剣そのもの
これだけは諸葛亮に負けられないという熱意が伝わります。

「三国志30巻」より

最後の最後まで中途半端だった 周瑜の呪いか・・・

「三国志59巻」より

孔明のせいで最期を迎える周大都督 この記録は孔明も抜けなかった
横光史上ゲボッと吐血した人は他に類を見ない
そして伝説へ・・・

「三国志30巻」より

ごらんの通りである 彼は最後まで周瑜に追い抜く事も 追いつく事すらもできなかった・・・
そして最後には 延命の祈祷を行うのだが 最後の夜に とうとう彼に命を狙われた 魏延に祈祷を邪魔されてしまうのだ。

長い間の恨みつらみをこの数コマにぶつける魏延
「三国志59巻」より

さすが策士・孔明の下で長い間いたおかげか 直接蝋燭をこかさず わざとダミーで蝋燭を倒し
その隙に本命を叩き込むという2段構えに孔明絶句である・・・
当然この時の諸葛亮は
「しまった!魏延のワナだっ!!」と とっさに口走ったに違いがない
因果応報とは当にこのことなのか・・・
処刑しようと躍起になっていた魏延に 皮肉にも殺されたも同然の結果となってしまったのだ。
そして 五丈原で宿星と共に世を去るのである。


※今年最後の横光ですが・・・スンマセンっm_ _m
正直シーンが多くてまとめきれませんでした・・・