南蛮王 孟獲


      
孟獲 「三国志 47巻」より

魏呉蜀の三国以外からも そろそろエントリーさせようと思い再び南蛮の勇者を選出
と、言っても孟獲だけでは寂しいので 今回は「南蛮王 孟獲」と題してはいるものの 孟獲だけではなく 彼等に関わった者達を紹介しよう

蜀では先主の劉備が世を去り、後を継いだ劉禅はまだ幼いが 魏へ さぁこれからと言うときに孟獲が 反乱を起こし
それに呼応して益州三郡の太守である 雍ガイ、朱褒、高定も反乱を起こす所から 場面は南蛮へと変わっていく
この呼応した3太守と蜀軍が一戦を交え 高定配下の雲南随一の方天画戟使いである 鄂煥が魏延に捕らえられるが
処されるどころか 逆に酒席にてもてなされ 主の高定は忠義の人で雍ガイにそそのかされたのであろうと諸葛亮に言われ 馬も用意されて陣へ戻る事となる

陣に戻り雍ガイと高定がいる場へ戻り 「高定は忠義の士で、雍ガイにそそのかされたと言われ 許された」と伝えると
それを聞いた雍ガイが「それこそ孔明の離間の策」と、なんと孔明の策をアッと言う間に見抜いてしまう
しかし、良い所に気づいていながら 肝心なところで見積もりが甘く
高定が心を動かされている事まで見抜けず、この後に高定に裏切られ鄂煥に討たれてしまう。
これが孟獲の反乱の幕開けである



なにをどう聞いてこの高定の頼りない返事に安心できるのかが全く解らぬわ
汗ダクで 返事もどもっとるではないか・・・

「三国志47巻」より

この後、孟獲の元へ蜀軍が五十万の大軍で攻め込んでくるとの連絡が入るが、それを聞いても余裕の表情の大王


登場早々に 底なし沼だの谷だのと、どこかの知恵者みたいなことを・・
「三国志47巻」より

そういえば、最初の頃も意気込んで諸将で会議を開くのだが さしずめ南蛮軍・・・ロクなアイディアや
起死回生の策が出るわけでもなく ここでも某知恵者張りの戦術しか出てこぬ・・・


こいつらは自分の力で防ぐ気力が 微塵とも感じられぬ

「三国志 46巻」より

上の人間が人間なら その下の人間もそれに倣えということか
これを聞いて もっと自分でガンバレ!と鼓舞するかと思いきや これに簡単に同意する孟獲・・・

その孟獲は三洞の元帥 董荼奴・阿会喃・金環三結を呼び出し蜀軍に当たらせるが なんなく敗退してしまう
よりにもよって 董荼奴と阿会喃は捕らえられただけで助かってるのに 運悪く 金環三結だけは討ち取られるという醜態・・・
董荼奴と阿会喃は 鄂煥の時と同じようにもてなされて諸葛亮に少なからずとも恩義を感じる


悪の要塞の雰囲気が十分ある 大王の砦
「三国志47巻」より

この二人の謀反により孟獲は蜀軍に捕まり 再戦を挑み解き放たれ陣へ戻るのだが
孟獲がいなくなり オタオタしている兵へ向かってたくましい一言を浴びせるのだが
実は前回も初めてとっ捕まっており その時も諸葛亮に大層な口を叩き放たれ 陣に戻り 出来もしない妄想を口走っていた



番兵を十人も打ち殺せるなら 檻に捕まるはずがあるまい

「三国志46,47巻」より

この報を聞き 喜び勇む表情の上の兵もそうだが
孟獲のホラを本気にしているのか下の兵なんぞは 刃を噛み砕く発言を聞き 恐れおののく様な表情になってしまっている
だが、こんな事を言う人物は孟獲よりも 先に出現していた

孟獲よりも自信に満ちた表情で言い切った冷苞
どちらにしても逃げてきたクセに

「三国志 34巻」より

こんなこと言うから いろんなトコロでネタにされてしまうんだよな・・・冷苞・・・

さて、ここで落ち込んでる暇は無く計略には計略で対抗しようとして 見事に対諸葛亮用 計略の切り札として抜擢されたのがアノ男である。


ついに出ました、南蛮一の知恵者 我等が朶思王の登場フラグ
「三国志 48巻」より

FF2のゲームなら 確実にこの会話に
覚える
 ↓
【朶思王】
の流れだな

朶思王についての詳細は こちらで述べているので熟読していただきたい
ここで、毒の泉や サソリで蜀軍を全滅させると意気揚々に城に行っては 酒を飲み放題
もうこの時点で あろうことか祝勝会が行われていた・・・
蜀軍は孟獲の兄の孟節らの協力を得て この難関を突破して孟獲や朶思王の城へ迫らんとしている
この報を聞いた朶思王は 伝令に「ばか者」呼ばわり、ばか者はキサマである
信じきれない彼等は 直接蜀軍が陣取る場所へ行き 現実を突きつけられてしまい
ここで「神か悪魔か」との名言を残し、すぐさま妙計を案じるかと思えば 洞に戻り 今後を考えようと言い出し
何を考えるのかと思えば、またもや酒とご馳走を囲み 善後策どころか 降服論まで飛び出す始末


いったい、こいつは登場してから 何の役に立ったというのであろうか
「三国志 38巻」より

この後 孟獲が断固として戦う事を主張していると 近所の洞から楊奉が援軍として駆けつけるが明らかにタイミングが怪しいと思わぬのか
これが諸葛亮の策とも気づかず 楊奉の息子を紹介されて舞い上がってしまい 敵である偽息子にもお褒めの言葉を掛ける人の良さ


ははは じゃねぇよ 計略フラグが立っとるではないか。
「三国志 38巻」より

何も知らずに大喜びして 勝ったも同然と言った直後に 裏切り者の楊奉に またもや酒を大盤振る舞いし 簡単に二人してとっ捕まってしまうのだが
南蛮の人間は なにか少しでも明るい見通しがあれば すぐに酒宴を開きだすようである




すごく前向きというか、楽天的というか・・・
これら1回すらも 勝利の乾杯になった試しは残念ながらない

「三国志 47,48巻」より

さらに逃されて 再戦し 毒矢の雨を降らし 蜀軍を撤退させるという確変振りを披露し
満面の笑みで善戦する朶思王だが、この後は あっけなく流れ矢に当たってしまい 三国志の舞台から姿を消してしまう。


だから「ははは」じゃねぇよ・・・
にしても 凄い自信に満ちた表情が瞬間に伝わってくる右のコマは 朶思王のピークであった

「三国志 48巻」より

この後も朶思王以外にも 猛獣使いの 木鹿大王や象使いの兀突骨にも助力を求めるも 助けを求めた相手が全て戦死してしまうという
まさに、死神の様な所業を繰り返し ついに諸葛亮に降服する事となる
急に諸葛亮を崇拝しはじめ、河が嵐で荒れると 49人の首を準備するとケロリとした表情で述べてみせる


まさか、こんな馬鹿げた事を言い出すとは さすがの諸葛亮でも予測できなかったのか
大慌てで阻止する諸葛亮 劉[王奇]に屋敷で階段の退路を絶たれた以来の慌てぶりである

「三国志 48巻」より

そして少しでも諸葛亮に付いて行こうとするが さすがに諸葛亮に説得されて
涙を流し別れて 南蛮を治めていくのであるが
こんだけ諸葛亮に逆らって 処刑されることもなく王の地位を約束されたのは彼ぐらいである
これぞ 朶思王らには無い 南蛮の王としての人徳であろうか?


哀愁漂う後姿、「グスン」と涙するのは三国志史上 孟獲だけである
「三国志 48巻」より