
孫権 仲謀 「三国志 29巻」より
孫権はご存知の通り 孫堅、孫策という15〜17で殺しの味を知る父兄を持つ殺戮一家のサラブレッドである。
前項の「孫策」でも述べてる様に 孫策の初陣で敵兵を弓矢で射殺すのを見て 「さすが」と満足する程の孫堅である
さどかし 次男の孫権にも期待の目を寄せていた事であろう。
しかし、その期待虚しく 孫権には戦の才能どころか武勇の素質の欠片もなかったようだ。
それは孫策が死に際に孫権に残した言葉からうかがい知れる事が出来る。

死の直前に 実の弟へ嫌味の言い逃げ これも孫子の兵法か?
「三国志19巻」より
だそうである。
こんな言葉をこれから死のうとするヤツに言われたくも無いであろう
孫権も 実の兄なのにも関わらず 『チッ!こいっつよぉ いきなり何言っちゃってんのっ?』
確実に 兄の死を看取る目でなく 憎しみの眼差しである。
そして 印を託し孫策は息を引き取る。

なんか孫権の背景は 「あっ!」っていうビックリしたというよりも
なにか閃いたっ!って感じの背景に思えてしまう。
「三国志19巻」より
真ん中の家臣達 汗までたらしているのに 孫権に至っては早々とオレの時代到来!っていう感じに見える
事実 嫌味言われた時は汗まで流していたのに その汗もひくほどである
残念ながらこんなことでは 孫策の睨んだとおり武勇に期待するのは甚だ無理だ
後に赤壁の戦い前では 孫呉の重臣達が「徹底抗戦だ!」「いや降伏だ!」と言い争いが始まり収集が付かなくなり
自分で物事も決められない袁紹張りの優柔不断を露見させ悩んでいると オカンが現れ
「孫策は死ぬまぎわに 国内の問題は張昭に問え、外からの問題は周瑜に相談するようにと 言ったでしょう」と助言をする
「そ、そうでした」と九死に一生を得たような表情の孫権だが
孫策の死ぬ間際の言葉は「お前にはオレらみたいな武勇ないわな」という蔑みの言葉だけであった
いいところ「政治は上手いっぽい」といわれたぐらいで「周瑜」の『周』の言葉すら出ていないのである。
どこの記憶を頼りに「そうでした」なのか・・・
曹軍100万にビビリあがって 記憶ですらも幻を見てるのではないかとこちらが心配になってくる。
周瑜の口から何か妙案でも出ればいいが どうせ出るのは血ヘドが関の山である
さてその血しか吐かない周瑜は諸葛亮に丸め込まれ 周瑜も抗戦を決断し それを孫権に伝え やっとこさ決断することとなる。
この時に自分の決意を諸将にアッピールする為に 見せ付けた事というのが なんと机を斬るのである。

これじゃぁすぐにまた迷い出しそうな中途半端な決意である
「三国志24巻」より
机を豪快にスッパリと真っ二つにするなら話もわかるが
たかだか 机のほんの少しの角を切り落としたぐらいなのだ。
兄の孫策なんか 一振りで首をも飛ばすというのに・・・この差は何なのか・・

だいたい孫権と比べても 剣の振りの勢いが違うわな
「三国志11巻」より
そして机の角をちょっと斬り落としただけで 諸将に一言・・・

机の角を斬っただけの剣なんか貰っても 他の家臣の笑いものにされるわ
「三国志24巻」より
普通なら こんな事言われたら「首でも落とされる」と思いそうなものであるが
机と同じ様になるってことは まっ鼻か耳削がれるぐらいで済みそうなものである
そんなことなら「淳于瓊みたいにするぞ!」と言った方がストレートでよい。
その赤壁も みんなのお陰で大勝し 調子に乗ってきた孫権は徐々に魏の領土を脅かしていくのである。
甘寧はカッコ良く 鉄球をブンブンと振り回し皖城を落とし出だしは好調なのであるが
いかんせん やはり孫権である あっという間に張遼の策に掛かり 魏軍に取り囲まれ凌統に救い出される始末
その退却路は李典によって橋は落とされており 仕方が無いので馬で橋を飛び越えるのである。
「凌統 いかがしたものぞ」とパニくってると 味方の将が飛び越える手本を示してくれる。


絶対に激突すると思われる角度にも関わらず随分と奥での着地に成功
途中から浮き上がったとすると北方の騎馬民族もビックリの馬術である
「三国志37巻」より
うわっ やりよった・・・って顔をしておる
そりゃぁ部下が出来て君主が出来ませんでしたじゃぁメンツ丸つぶれは必至である
しかし このプレッシャーの中で 見事にも孫権は小師橋をジャンプするのだ

まっ 劉備ですら檀渓をクリアできるからな こんな程度は・・・
ってか孫権よりも馬の脚力のお陰なのは明白である
「三国志37巻」より
しかし、よくみりゃ わざわざジャンプなんぞしなくとも横の陸地から川を渡れるだろう・・・
見る限りでは 川の深さも全然浅そうである、よく考えろ、冷静に周りを見ろよ孫権・・・・
そして 凌統は「我が君をたのむぞ」と言い残し戦乱の中へ戻りただ一騎生還
孫権は「なんたること なんたるまずい戦いをしたのじゃ」と反省の弁
部下は「これは皖城を簡単に落としたことが今日の敗因をつくったのでございます」と戒めるのだが
オイッ、待てよ 皖城を落とした甘寧が戦犯みたいな言い方ではないか?
なんてことを言いやがるんだ・・・皖城が落ちて調子の乗った孫権の責任は誰の目にも明らかなのに・・・
しかもこの50ページ後にも別の戦いで またもや・・・

都督の呂蒙はチャッカリ安全な後陣に・・・戦犯デス
「三国志37巻」より
また・・・あの反省の弁はなんだったのか?
全く活かされていないではないか やはり孫策には先見の才があったのだ
それ以降は 孫権に大したスポットも当たらず 最終巻(60巻)を待たずして57巻で姿を消す事となる。
余談ではあるが 以下のシーンは妹を劉備に奪われて怒ってるシーンなのだが なんかカワイイので好きである。

回り過ぎ・・・ベタすぎる演出である
「三国志29巻」より

これが「むむむ」だと李恢を召喚する呪文である
「三国志29巻」より