若武者 趙雲


趙雲 子龍 「三国志 6巻」より

実は この趙雲や周瑜・陸遜・孫策 このあたりをターゲットにするのはある種の身の危険を感じ
三國志界どころかネット社会でも存在を抹殺されそうなところだが、勇気を振絞って出すことにした。
決して悪意無く、キライとかでもなんでもないので何卒寛容な心で読んで下され>婦女子の方々

それでは・・・

趙雲子龍、「三國志」を多少なりとも知っている人なら当然知らぬ人はなかろうとおもうが、関羽、張飛に並ぶ蜀の豪傑である。
みんな大好き、「三国無双」ではまさに主人公的な位置にいるイケメン若武者武将なのだが、残念ながら横山先生にかかっては 目が線な少々太り気味の人物となっている。
さらにはどの三國志でも「強く」「賢く」「義理厚く」「忠実に任務を遂行する」という非のうち所のない優秀な武将であると言っても過言ではなかろう。
横山三國志でも 戦っては負け知らずであり、死後には孔明が涙して惜しんだ程であるが、見方を変えれば「ワガママ勝手」で外見を気にする武将であると伺えるので検証してみよう。

趙雲の初登場は 公孫[王贊]が袁紹配下の猛将・文醜にお命を奪われそうになるところで颯爽と現れる。

ジャンプ一番! こんなポーズでジャンプする人そういませんな
「三国志6巻」より

ここで文醜を軽く撃退し公孫[王贊]を助け、そのまま客将として仕える事となる。
翌日、公孫[王贊]は得意の白馬陣で総攻撃を仕掛けるのだが、いとも簡単に陣を崩され早々と敗走することとなる。
後陣には趙雲率いる500名の小隊が待機しているのだ。

なんだか不満そうな表情ですな
「三国志6巻」より

さて、少し話は変わるがこの戦いの経緯を説明せなばいけない
この戦は袁紹が公孫[王贊]に「冀州の韓馥を共に攻めて領土を半分にしよう」と誘い文句をかけるのだが、
その裏で韓馥に「公孫[王贊]が攻めてくるので助けてあげよう」と言い冀州を乗っ取ってしまう。
領土の半分をよこさない袁紹を疑い弟の「公孫越」を使者として派遣するのだが、元々冀州を分ける気の無い袁紹は使者である公孫越を殺してしまう。
これに怒った公孫[王贊]が袁紹と戦を開始する・・・と言った流れである。
問題の公孫越が殺されるシーン

こんだけ矢を浴びても馬は一矢も浴びておらぬ
「三国志6巻」より

さて、ここで賢明な方々ならお気づきかと思うが、あえて説明させていただく。
上の公孫越と趙雲を見比べていただければお解かりかと思うが、どうやら公孫[王贊]軍の名のある将の兜は「角付き」なのである。
申し訳ないが 三國志を全巻通して読んでもこの手の兜はお世辞にも「かっこいい」とは言えない・・
いや、どちらかといえば「かっこ悪い」といってもよいだろう。
しかも趙雲の兜に至っては公孫越の角よりも長く、ご丁寧に節まで付いているのだ。
もうバッファローマンも真っ青のロングホーンである。
超人強度1000万パワー以上はゆうにあろう。
実を言うと趙雲はこの兜は不満なのではないか? その為上の趙雲の表情もいかんせん不満色が強い表情となっているのだ。

さて話は戻り、敗走する公孫[王贊]に対してなかなか助け舟を出さない趙雲をみかねて部下の一人が進言する。

いかにもバランスの悪そうな兜を否応なしに被せられた子龍どの
「三国志6巻」より

この時当然ながらどうやって出撃せず公孫[王贊]を見殺そうと考えていたであろう・・・
2コマ目などに至っては 趙雲の周りに邪悪な空気の流れがハッキリと出ているのがお分かりになると思う。
この部下が一声掛けなければ今頃公孫[王贊]は首と胴が離れていたかもしれぬのだ。
趙雲が上手く言い訳しているが本当のところ この部下が一番の手柄と言っても過言ではなかろう。

さてこの戦いでは後の君主となる劉備達も公孫[王贊]側に加わり戦い、その夜は運命の出会いを果たし宴会となるのだが
この時趙雲は劉備達と出会い、出合った瞬間なにか心打たれるものがあったようである。

横山先生も気をつかってかフキダシでツノを隠しているようだ
「三国志6巻」より

ここで劉備一行と出会い、趙雲は細い目を見開くほどの衝撃事実を突きつけられる。
劉備にではなく実は関羽、張飛のフリースタイルに心打たれたのである。
しかしこの関羽、張飛の表情を御覧頂きたい、どうもこの「かっこ悪い兜」を正視できないようで
上目気味でなるたけ趙雲を見ないようにしているのが確認できる。
しかも関羽なんぞは それでも視界に趙雲が入っているのか、口元がにやけ 笑けていると思われる。
趙雲はそれに気づいているだろうが、それでも健気に笑顔で会話しているところなんかは大人の対応である。

さて、『この方の下なら こんな兜を強要させられることなんぞ無いに違いがない!』
そう思った趙雲は 後日劉備が平原へ旅立つ前日の宴会でこんなことを言い放つのである。

「かっこいい鎧兜」を得るためだけに 簡単に頭を下げる趙雲殿
「三国志7巻」より

さぞ趙雲も我慢の限界だったのかも知れぬが、今は公孫[王贊]家臣として禄を頂いているにも関わらず他勢力への仕官希望である。
公孫[王贊]が死んでいるわけでもなんでもないのに二君に仕えようとするとは・・・
不忠者と汚名を被せられても言い逃れでぬ状況であり、君主を殺さない以外は呂布と変わらぬ。
だがさすが「子龍一身これ全て胆也」と後日言われる程の男である、口が裂けても「こんな兜イヤなんですっ!」とは一言も言わないところは評価できよう。
結局、この時は劉備に説得されて公孫[王贊]軍に残るのだが その公孫[王贊]も後日袁紹に滅ぼされ
趙雲は浪人としてウロウロしていると 関羽と再会した劉備一行とバッタリ出会うこととなる。

趙雲のビックリする顔は 目の玉さえ描けば良い
「三国志16巻」より

やはり、公孫[王贊]から開放された趙雲は あの大ツノつきの兜を着用しようとはしていない。
この直後フリーな趙雲はすかさず 念願の劉備軍に入隊し自分の好きな鎧兜に身を包むこととなる。
自分で選んだ鎧兜がさぞ気に入ったのか 向かうところ敵なしであり、倒した将の数は関羽、張飛をも上回るほどである。
人間、外見変わればこんなに変わるという実証ともいえよう。

最後に趙雲お気に入りの黄金の鎧兜姿はカラーでお楽しみ頂きたい。

ウインクする余裕もみられる趙雲氏
「三国志28巻」より

ちなみに漫画ではこんな鎧なのだが TVアニメ版では苦労虚しく カラーでツノのまま演技させられる趙雲氏である。