南蛮一の知恵者 朶思王


朶思王 「三国志 48巻」より

「三国志」には策士というものがとても重要な役割を担うということは三国志ならずとも周知の事実であろう。
演義の諸葛亮までとはいかぬとも、沮授、程c、賈[言羽]、陸遜等々は策士の代表と言ってもよい。
時には兵力が1/10でも勝利に導き、時には勝たずとも「負けぬ」戦いを展開してみせるのが策士の醍醐味であろう。
しかし、どの世の中にも能力の足りぬものもいる。
袁紹軍の郭図等はその代表であるといえよう。
しかし、その郭図をも遥かに凌ぐものが南蛮にはいるのだ。
その名も「朶思王」
なんと言っても彼は自他共に認める『南蛮一の知恵者』なのである。

ことは、蜀の諸葛亮が南蛮の平定の為に孟獲軍を攻め追い詰められた孟獲が弟の孟優に打開策を考えているときより始まる。
ここまで何度か諸葛亮に計略で負かされている孟獲は孟優より「南蛮国の知恵者といえば 禿竜洞の朶思王だがなァ」との発言を聞き
「そうだ 朶思王がいた」と逆転の可能性を見出すのである。
この表現からして やはり朶思王は南蛮国では『知恵者』『切れ者』のイメージがあるのであろう。

さてこの依頼を受けた朶思王は『朶思王 策あり』等と自信の発言なのであるが、この策というのがあまりにもヒドイのだ。
その策とは禿竜洞に通じる道は2つありその1つは安全な道であり、もう1つには「毒蛇やさそりの巣」「毒の霧が吹き出る道」「4つの毒泉」があり、蜀軍はそこを通過したくでも通過できずに大丈夫 というものだ。

エライことである・・・今どこに策士がいるのか一瞬分からなくなってしまった・・・
まったく、この王は何を考えているのか・・・全て「毒」まみれである。
よく「策士、策におぼれる」というが彼にはおぼれる策すら見当たらぬのだ
これが南蛮一の知恵者の正体だったのだ、よくよく考えればオカシイ話であった
本当にすごい知恵者ならば今頃『南蛮大王 朶思王』として君臨しているはずであった・・・
だが、孟獲一行はこの話を聞き勝利の気分でで今夜は飲み明かすらしいのだ、やはり、この世界では彼は南蛮一なのか・・・・

蜀軍は当初は被害を多大に受けるものの孟獲の兄孟節によって全ての毒の回避方法を教わり、あっという間に朶思王の宴会している城に迫るのである。
そして、その光景を目にする朶思王は思わず口にするのである・・・


あわわわ・・・朶思王とは郭図か逢紀か・・・
「三国志48巻」より

一体この男は何を言っているのか・・・朶思王が登場してからまだ何もしていないのである、強いて言えば酒をカッくらってただなのだ。
それを「神か、悪魔か」とは正気の発言なのか・・・
そして孟獲との打ち合わせで暴言ともとれる策士失格の決定的な一言を発するのだ


この期に及んでもまだ酒を飲むのか
「三国志48巻」より

もうだれかこの男を止めてくれ、これでは孟獲がかわいそうである、こんな男の「策」を期待してわざわざ来て見ればこんな結果が待っていようとは誰が予測できたであろう。
彼の中では毒の泉を抜けられたらもう万策尽きたということなのだ
一戦も交えずいきなり、最終決断を打ち出すのだからたまったものではない、本来の策士とはこの場で起死回生の策を繰り出すものではないのか?
それを『降服するか、全滅か』とは何事か、「勝利」の2文字等まったく考えていないのである。

その後あっという間に捕まり即、釈放され第2戦が始まるのだがここでも行き当たりばったりの戦法は払拭されない。
城を攻める蜀軍に対して 毒矢の雨を降らせる朶思王軍、ここでも「毒」である。
もうここまでくると『南蛮一の毒使い』としか言いようないではないか。
さて、砂埃で視界の悪い時に攻める蜀軍と対峙した朶思王の発言であるが・・・


そんな事は武安国でも言えるわっ
「三国志48巻」より

もうだれかれかまわず乱れ撃を推し進めているのだ、「かまわん」などと半ばヤケクソなのか?
もう子供のケンカで最後の抵抗の腕をグルグル回して突っ込んでくる作戦となんら変わりはないのである。
孟獲もかわいそうだが、この兵もこの発言を聞いてどう思ったことであろう。

この直後には 朶思王は逆に矢に当たりホントにあっけない最期を迎えるのであった。


南蛮史上最高の策士の最期
「三国志48巻」より

やってることは毒、毒、毒と毒ばかりで どちらかと言うと「卑怯」っぽく見えるのだがなぜか朶思王にはその雰囲気を感じないのはなぜなのであろう。